1248、やっぱり「記憶」がキーワード

 歴史を大切にしないと未来に何かを残そうと思わなくなる。年齢を経ても力を得て本でも書いてみようと思わなくなる。どうせ過去の記録など誰も読まないだろうと思ってしまう。でも、記憶を呼び覚ます何かを残さないという気持ちを持ち続けないといけないのではないか。小学校も中学校も以前の面影はない。高校も移転した。東京基督教短期大学も跡地を訪ねた時は門だけが残っていた。小学校二年生まで居た春日出教会もない、以前の玉川教会もない、以前福音聖書神学校もない、今も変わらないのは、毎週、毎月のように階段とエレベーターで遊んだ中之島公会堂、そして玉川の近くの戎神社、能勢川バイブルキャンプの中二階のコンクリート打ちっぱなしの部分。確かに日本人は歴史が弱い。みんな忘れていく。みんな忘れていくことのお手伝いをする人生になりたくない。父の残した教団や超教派活動関係の文章をケースに入れて山積み、どうしよう!!

1247、認知症になった認知症研究第一人者、長谷川和夫先生

 長谷川式スケールの長谷川和夫先生が認知症になられたことを映像で見た。彼は銀座教会の会員なので、渡辺善太先生時代からの信徒だったのだろうか。長谷川氏は自分が認知症になって、確かさを失う経験をされたという。まず時の確かさを失い、次に場所の確かさを失い、最後に人の確かさを失う経験をするのだそうだ。そのようななか人である奥様の存在が彼を支えていることが映像でよくわかった。私なりに分析すると、存在なのであるが、存在論ではなく、関係論でもなく、「我と汝」の二人称が成立している、そこに最後の確かさ、根本的な確かさがある、とそう思った。

1246、自分の記憶を呼び覚ますために森有正エッセー集成5を読む

私は62歳だ。50年前は12歳だった。50年前中学2年生の時に洗礼を受けた。50年前ってどんな空気だったのか、少しずつ思い出そう。劣等感の塊だった、あの頃の自分を見つめなおそう。森有正エッセー集成5は、ちょうど50年前の森有正の日記だ。高校生の時、森有正の「源泉としての音楽」のレコードを購入したがどこかに行ってしまった。でもたまたまレコード屋さんで150円で売っていたので購入した。うれしかった。森有正のパイプオルガンの演奏をバックに、エッセイ集成5をぺらぺらめくって、今日の休日を楽しんでいる。パリにいた森有正は1976年64歳頃に近くになって、改革派教会に日曜日毎に行こうと心に決めたようだ。

1245、新型コロナ感染拡大真っ最中でも、たんたんと、今日も掃除してくださっている、感謝!!

耐えながら、たんたんと、というイメージは教会のイメージとして御心にかなっていると思う。そう言えば、今週老人ホームに入られた大先輩は気づくと、いつものように、たんたんと、教会の掃除をし続けてくださっていた。当番でなくても・・・牧師室からいつも見ていた。

1243、ヨブ記と出エジプト記を想起すると災難の最初という視野も必要なんだろう

西満先生に教えてもらった9の災害と最後の過越の祭りのあの図を思い起こした。疫病は五番目だった。あの中に動物の大量発生が4つもある。疫病も動物ならば5つだ。

1242、そう言えば、ノアの箱船、ユニバーサル説、ローカル説、と福音派でも議論したなあ

少なからず、今新型コロナ感染拡大で、ユニバーサル感覚とはこうゆうものだという実感がしてきた。聖書の世界観が近づいてきたような気がする。