ヤコブへの手紙

 模範囚として恩赦を言い渡されたレイラ。12年間暮らした刑務所から釈放されても身寄りのないレイラは、不本意ながらもすすめられるがまま、ある牧師の家に住み込みで働くことになった。レイラが訪ねた家には、盲目の牧師ヤコブがいた。「いらっしゃい、よくきてくれましたね。」レイラを温かく迎え入れるヤコブ牧師。しかし、すぐにそこを出て一人で生活を始めようと考えていたレイラは牧師にそっけない態度をとってしまう。
そんなレイラにヤコブ牧師は、目の見えない彼がただ一つできないことを仕事としてお願いする。それは毎日届く手紙を読み、その返事を彼の代わりに書くこと。それが、レイラの仕事だった。「ヤコブ牧師、郵便ですよ。」自転車に乗った郵便配達人によって、毎日届けられる人々からの手紙。「親愛なるヤコブ牧師様…。」手紙の送り主たちは、些細なことから、だれにも打ち明けられないことまで、いろいろな悩みを手紙で告白する。孫の就職口がないこと、学校が嫌でたまらないこと、夫の暴力がおさまらないこと…。一度だけ手紙を送ってくる人もいれば、何度も手紙を送ってくる人もいる。
さまざまな内容の手紙のひとつひとつに、丁寧な返事をするヤコブ牧師。手紙の送り主たちは、ヤコブからの返事を心のよりどころにし、彼もまた日々届く手紙を楽しみにしていた。人々の手紙が届かなくなってしまわないように、心のよりどころがなくなってしまわないようにと、ヤコブ牧師は別の土地に用意された立派な家に引っ越すこともなく、そこに住む彼と同じように古ぼけて、雨漏りのする家に住み続けるのだった。

嫌々ながらヤコブ牧師の家に住み続けるレイラは、ヤコブ牧師のために手紙を読んで返事を書くという仕事も好きになれない。毎日手紙を配達に来る郵便配達人もうっとうしく感じ、彼がヤコブ牧師に届けた人々からの手紙を勝手に捨ててしまうのだった。毎日手紙を届けながら、牧師のことを心配する郵便配達人もまた、突然現れたレイラに不信感を持つ。そして、相容れない二人の仲は、険悪になってしまう。

そんなある日、毎日届いていたヤコブ牧師への手紙がぷつりと届かなくなる。「そんな日もあるさ」というヤコブ牧師だったが、それが生きがいとなっていた彼は、すっかり気を落としてしまう。一方レイラは、ヤコブ牧師の元を出て行くことを決心する。しかし、自分には行くべき場所も、待っている人もいないということに気付き、深く絶望する。そんなレイラに、ヤコブ牧師は「まだこの家にいてくれたんだね」とやさしく語りかける。ただ一人、孤独な自分を受け入れてくれるヤコブに、レイラはようやく心を許し始めるのだった。

手紙も届かず、日に日に弱っていくヤコブを見かねたレイラは、郵便配達人に手紙が来なくなった理由を尋ねる。すると、「来ない手紙は届けられない」という郵便配達人。そこで、レイラと郵便配達人は一つの約束をする。明日、必ずヤコブへの手紙を届けること。しかし、翌日も相談の手紙は届かなかった。それでもレイラは、ヤコブ牧師に「手紙が来ましたよ」と告げる。そして今までだれにも話せずにいた、あることを打ち明け始めるのだった…。「親愛なるヤコブ牧師…。」