909、損が得に、得が損なると言う。得していなかった、損していなかった

 私たちは得したとか、損したとか、考えて生きている。実際は得したと思っていても得していない。損したと思っていても損していない。私たちは苦しみを避けて得したと思っているが、別の苦しみがちゃんと来ている。ハレルヤ! 神は生きておられる。他の人と比較して得したと思って安心している自分のなんと浅はかなことよ。きっと損をしているのだろう。いろいろ考えているなかで思うこと。それは、クリスチャンになる前に得したと思ったことは実はクリスチャンになった自分にとって損をしたということなんだろう。クリスチャンになる前に損したと思っていたことは実はクリスチャンになった自分にとって得をしたことなんだろう。それぐらい、正反対の世界に入るということがクリスチャンになるっていうことなんだ。少しラディカル過ぎる?