ケセン語訳聖書

 牧師ブログ、「小海キリスト教会牧師所感」に、ケセン語訳聖書試聴というのがあり、その牧師が、試聴したら泣いてしまったと書いてあったので、じゃあぼくも聞いてみようと思って聞いてみると、泣いてしまった。新改訳でも、新共同訳でも、朗読だけで泣かないのだが、どうしてケセン語訳なら泣くのだろう。山浦神父が気仙沼の人たちの言葉で聖書の意訳をして、彼の本が一般書が並ぶ中で、よく売れているということは、気仙沼の人たちにとって、うれしいことだと思う。実際、彼のケセン語訳聖書でケセン語なるものを初めて知った私のような人たちが日本中に沢山いるのだから、これって気仙沼の人たちにとってきっと誇りだろう。確か彼は昨年、NHK教育テレビで、彼の津波経験を語っておられた。
ほうとう息子のたとえ
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 あっそういえば、昨年召された三谷幸子先生が「ほうとう息子」の独唱曲を翻訳されていたが、あの手書きの楽譜をコピーしたもの、どこになおしたかなあ。