1250、先日から初めた50年引いて記憶を呼び覚ます生き方

 先日から始めました。記憶が消えていくなかで、記憶の呼び覚まし方として、62歳になった私は、50年引いて、その時代の記憶を呼び起こすということをするようになりました。これはいい、と思いました。62歳ですから12歳の頃の記憶を思いおこそうとしています。60歳になられた方々は面白いと思います。(1970年の記憶・大阪万博ウキウキ・アメリカ館・月の石・アームストロング船長・「天と地と」・大阪駅のmoving walkの大事故で自分だけが助かる・生島先生が飛び乗れの声に従った自分・坂本先生・ブラウン管の向こうのベトナム戦争・そして学生運動・「友よ歌おう」の山内修一)

 

 

1249、同じくらいの距離を持って生きようとする自分・・・

 メノナイトの世界に入ると自分はメノナイトでないと思ってしまう(自分はメノナイトでなく、メノナイト・ブレザレン)。穏健カルヴァンの世界に入ると自分は穏健カルヴァンでもない。ある点ではもっと穏健でありたいと願うから。聖潔派の世界に入ると、やっぱり自分は聖潔派のライフスタイルの歴史がない。カリスマ派の世界に入ると自分はカリスマ派の体験も何もない。NCCの世界に入ると自分はNCCで生きた歴史は一年だけなので、やっぱり無理だ。敬虔主義の世界に入ると自分は敬虔主義だけじゃないと思う。根本主義と呼ばれる世界に入ると、ちょっと懐かしくもあり、でももう違うと思う。共同体主義の世界に入ると自分は共同体主義でもないと思ってしまう。社会福音の世界に入ると自分は社会福音的でもない。無制度共同体(集会・無教会)の世界に入ると自分は無制度共同体でもない。厳格な教理主義に一歩退き、流行りの物語主義にも躊躇を覚える。礼拝学の世界に入るとノンリタジーを主張したくなる。全部に同じくらいの距離感を持とうとしている自分を発見する。ああ、これはどうしたことか。でもどの世界の牧師ともお友達になっていこう。これからの交わりの広がりを信じて、よろしく!! 

1248、やっぱり「記憶」がキーワード

 歴史を大切にしないと未来に何かを残そうと思わなくなる。年齢を経ても力を得て本でも書いてみようと思わなくなる。どうせ過去の記録など誰も読まないだろうと思ってしまう。でも、記憶を呼び覚ます何かを残さないという気持ちを持ち続けないといけないのではないか。小学校も中学校も以前の面影はない。高校も移転した。東京基督教短期大学も跡地を訪ねた時は門だけが残っていた。小学校二年生まで居た春日出教会もない、以前の玉川教会もない、以前福音聖書神学校もない、今も変わらないのは、毎週、毎月のように階段とエレベーターで遊んだ中之島公会堂、そして玉川の近くの戎神社、能勢川バイブルキャンプの中二階のコンクリート打ちっぱなしの部分。確かに日本人は歴史が弱い。みんな忘れていく。みんな忘れていくことのお手伝いをする人生になりたくない。父の残した教団や超教派活動関係の文章をケースに入れて山積み、どうしよう!!

1247、認知症になった認知症研究第一人者、長谷川和夫先生

 長谷川式スケールの長谷川和夫先生が認知症になられたことを映像で見た。彼は銀座教会の会員なので、渡辺善太先生時代からの信徒だったのだろうか。長谷川氏は自分が認知症になって、確かさを失う経験をされたという。まず時の確かさを失い、次に場所の確かさを失い、最後に人の確かさを失う経験をするのだそうだ。そのようななか人である奥様の存在が彼を支えていることが映像でよくわかった。私なりに分析すると、存在なのであるが、存在論ではなく、関係論でもなく、「我と汝」の二人称が成立している、そこに最後の確かさ、根本的な確かさがある、とそう思った。