1249、同じくらいの距離を持って生きようとする自分・・・

 メノナイトの世界に入ると自分はメノナイトでないと思ってしまう(自分はメノナイトでなく、メノナイト・ブレザレン)。穏健カルヴァンの世界に入ると自分は穏健カルヴァンでもない。ある点ではもっと穏健でありたいと願うから。聖潔派の世界に入ると、やっぱり自分は聖潔派のライフスタイルの歴史がない。カリスマ派の世界に入ると自分はカリスマ派の体験も何もない。NCCの世界に入ると自分はNCCで生きた歴史は一年だけなので、やっぱり無理だ。敬虔主義の世界に入ると自分は敬虔主義だけじゃないと思う。根本主義と呼ばれる世界に入ると、ちょっと懐かしくもあり、でももう違うと思う。共同体主義の世界に入ると自分は共同体主義でもないと思ってしまう。社会福音の世界に入ると自分は社会福音的でもない。無制度共同体(集会・無教会)の世界に入ると自分は無制度共同体でもない。厳格な教理主義に一歩退き、流行りの物語主義にも躊躇を覚える。礼拝学の世界に入るとノンリタジーを主張したくなる。全部に同じくらいの距離感を持とうとしている自分を発見する。ああ、これはどうしたことか。でもどの世界の牧師ともお友達になっていこう。これからの交わりの広がりを信じて、よろしく!!