三谷幸子先生の祖父さまの話

「祖父三谷佐吉は天保8年(1836年)の生まれで、明治7年(1874年)に初めてキリスト教の話を聞き、それからは祖母と共にベレー宣教師宅の家拝に毎朝熱心に通い、夫婦共に、翌年デヴィス博士により受洗、実業家であった祖父は、平信徒伝道者の草分けとなり、熱心に伝道した。その結果として、兵庫組合教会をはじめ、明石、西宮、御影、大石、小浜など45カ所に教会が設立せられるに至った。それゆえ、父(種吉)は当時としては、非常に珍しかったクリスチャン・ホームに、長男として育ったのである。」

 (上記の文章はどの雑誌に記載された文章かわからない。タイトルは「今、泣きます、後に笑います、バックストン先生と父三谷種吉の出合い」で、おそらく三谷先生がコピーして私に渡してくださったものだろう。この文章を読みながら、三谷先生から、三谷先生の祖母さまが召された時、神戸で最初のキリスト教式葬儀式だったと言われていたことを思い出した。どうもそれまでクリスチャンが召されたとしても、お寺で葬儀をするのが普通であったようである。)