聖書的平和主義への渇望15

5節 何がMBだけの賜物なのか
 上述したように、MBは原点にもどるなかで、かなり特徴ある賜物を発見できそうな歴史を持つ。しかし現在のMB教会を見る限りにおいては、普通の福音的教会との相違を感ずるMB人は殆どいないであろう。なぜなら、MBは、他の教派と同じように、同じ古い賛美歌を歌うことで、ドイツ国教会内外、英国国教会内外の霊性の影響を受け、同じアメリカ生まれのゴスペルソング(福音唱歌)を歌うことで、自然に、根本主義やムーディーのリバイバリズムの影響を強く受けてきたし、また実践的な宣教協力で、ビリーグラハム国際大会に参加することで、20世紀アメリカ的大挙伝道の影響を受けてきたのである。最近は、ワーシップソングを歌うことで、少なからず、ワーシップソングに熱心なペンテコステ、カリスマ派の影響を受けていることであろう。また1990年代は米国西部発の第三の波の影響を受けた教会も多い。またアメリカや韓国の影響を受けた教会成長論にもしばらく馴染み、セルグループなどのシンガポール発の教会形成論の影響を受けた教会も多い。また最近のリタージカル運動や、キリスト教カウンセリング、またエキュメニカル運動などの間接的な影響により、カトリックのなかの霊性のいくつかを身近なものにしたように思う。つまり、MBも他派と同じように、時代の影響を受けてきたのである。

 ここで私が何ゆえに、メノナイトブレザレンであることを考えさせられたかを記しておこう。私はメノナイトブレザレン教会の牧師の息子として育ったのであるが、青年時代、まだ当時、日本MB教団として他団体の神学校にいくことが認められていないなかで、大学受験の失敗と祖母を救いに導いてくださった先輩を慕っていたこともあり、超教派の短大神学科に導かれた。私は当時の教団の姿勢と違う行動をとったのである。

 そのようななかでMB以外の牧師となる可能性もなかったわけではなかった。ところが一度自教派の影響下にある関西を離れたとき、不思議なことに、自教派を意識するように導かれていったのである。その理由の一つとして、超教派の神学校で毎週教派別祈祷会を持つなかで、私を含め4名のメノナイト(九州メノナイト・日本キリスト兄弟団)の献身者で祈る機会が与えられ、そこで否応なくメノナイトとは何かを考える機会が与えられた。そして結果的に私は超教派の神学校に行ったことにより、自分の意志でMBを選ぼうという理解に達していた。今思えば、私はこの超教派の神学校で「私とは何ですか」「私の教派とは何ですか」を超教派の皆さんに聞き、その反応を確かめてきたのだと思う。私が確認した内容は、「私の教派MBはディスペンセーション神学なのですがどう思いますか」もう一つは、「私の教派MBはアナバプティズムですがどう思いますか」ということであった。私がこの二つをますます意識するようになった理由は、結局のところ、神学校の授業で、ディスペンセーション神学も、アナバプティズムも、両方とも否定する神学を私が学んだからであった。面白いことに、否定されたがゆえに、肯定的な側面を探す旅をこの神学校で始めたのだと思っている。恩師の一人にディスペンセーション神学についてお尋ねすると、その師は「今までの戦いはリベラリズムとの戦いだったのですが、これからの戦いはディスペンセーショナリズムとの戦いになります。」とはっきりおっしゃっておられた。次に、アナバプティズムに関することであるが、神学校の卒業式を終え、大阪に帰るために神学校の事務室に挨拶に行ったとき、一人の教授が「あまりアナバプティズムに深入りしないほうがいいよ」と一言、助言くださったことを今も心から離れない。メノナイトブレザレンの私に、アナバプティズムに深入りしないほうがいいよ、とはどうゆうことなのだろうか。最も厳格な改革派の教授からの愛の助言なのでわからないわけではないが、私はそんなこともあって、余計にMBであることを考える機会を持とうとし始めたのである。