人格関係について2・・連続物(現在、私の一番の関心事なんです)

 しかし、そうであったとしても、20世紀の画期的な「人格関係」研究によって現代人は驚くべき哲学的発見を見ました。それが、ユダヤ人思想家マルティン・ブーバーが、「我と汝」「我とそれ」という二つの根源語を我々に提示したことにより、「これは『人格関係』であり、これは『非人格関係』である」と分けて考えることができるようになったのです。

 マルティン・ブーバーの「対話的人格主義」については、例えば、アリスター・マックグラスが、「キリスト教神学入門」(アリスター・マックグラス)の「神論」のなかで、マルティン・ブーバーの語る「対話的人格主義」の神学的意義を4つ目の項目で論じています。1、「神は男性か」〜2、「人格神」〜3、「人格の定義」〜4、「対話的人格主義」〜5、「神は苦しむか」〜6、「古典的展開」(神の不可受苦性)〜7、「神の死?」
 
 また、アリスター・マックグラスは、「対話的人格主義」をマルティン・ブーバーの言葉を引用し、次のように説明しています。

「我と汝の関係は、二つの能動的な主体、つまり二つの人格の間に存在する。この関係は相互的なものである。『我と汝』という第一の言葉における『我』は、人格的存在として現われ、自分自身を意識している。」(マルティン・ブーバー)言い換えれば、ブーバーが意味しているのは、人間の人格的関係が我と汝の関係の本質的な姿を例示しているということである。それは関係そのものであり、二つの人格を結ぶ触れることも見ることも出来ない絆であって、ブーバーの言う我と汝の関係の思想の中心なのである。」(アリスター・マックグラス キリスト教神学入門 2002年、神代真砂実

マルティン・ブーバー1878年2月8日〜1965年6月13日)、1923年に「我と汝」を発表

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